新聞で注目すべき12の言葉

【3】新聞で注目すべき12の言葉

何故、新聞の12の言葉に注目するかと言えば、

新聞は、社会で起こっている「事実確認」、又は起こるかもしれない「善悪や価値や立場の事実」を批評した内容に対して社として論じる事で事業が成立しているからです。

小説とは違い、「事実」に焦点を当て誰にもわかり易く論じられる中でその表現方法には12種類のパターンができています。

そのパターンを理解し、そのパターンを中心に読めば理解が早くなり記憶に残る読み方が出来ます。

1 .「は」「が」→ 主役を示します。説明する必要はないですが、文章を読む際には「誰が」「誰は」は事実の始まりです。

新聞の政治・経済・社会面は、決められた紙面構成の「枠」の中に情報を盛り込む為に文学的要素は排除されいかに論理的に書くかを問われます。

つまり5W1H(誰が、いつ、誰に、何を、どこで、どのように)の事実を書く際に、「交点、焦点、接点」と「部分」「全体」の掛け合わせがおこり、その掛け合わせで分かった事実が記述され限られた枠を構成していきます。

2 .「の」→だれかとだれかの「交点」であることを意識すると新聞は非常に読みや少なります。何故かと言えば、「の」は「の」の前後に書かれた内容を掛け合わせる交点を表しています。

「交点」と「交点」を繋いでイメージすれば文章の大意が掴めます。

何故かと言えば、新聞の「の」の部分は「交点」でありその「交点」の事実を書いていくのが記事だからです。

つまり「の」は道路にある信号機の役割を果たします。「AのBは、」と書けばAにBという要素が掛け合わされて交わったという事を表現しています。

例えば、「パソコンのキーボード」と書けば、パソコンの部位の中で、筆者はキーボードに注目しています、注意してくださいという信号です。つまり「の」の後ろ部分に注目すれば、筆者の視点が解る訳です。

一方、余りに「の」が多用された記事は「論点」の絞り込みが不十分な内容だと言えます。「の」は信号機ですから「信号機」が沢山あると「交点」が増え逆に言いたい論点がぼやけますので、注意が必要です。

3 .「会談」→重要人物の交点を表します。全ての事が交点で発現しまよね。特に会談という場合は重要人物同士がある場所で交わる訳ですから目的をもってセッティングされるはずです。

逆に、その点を利用して政治ショー的なセッティングも有りますが、いずれにしても「目的」が何であるかを考えて判断、推測する事が楽しみの部分でもあります。

挨拶がわりの会談、会わざるを得ない場合の会談、成果発表の会談など「交点」には、小さい薄い点から非常に大きな濃い深い点まであります。

4 .「に」「へ」→「人、物、金、時、情報」についての注目、注視や、進む方向を示しています。それほど意識されて読まれていないのではないでしょうか。

本を読むのが好きな方や国語の評論文を解くのが好きな方は、どの方向に筆者が話題を持って行くかの分かれ道として注目して読んでいきます

5 .「逆に」「しかし」「けれども」→反対側を指す事は、お分かりの事ですが、この「逆に」「しかし」「けれども」は記号で書くと「→→→の流れ」が「逆流の←←←」になった事を意識すると筆者の意図をイメージでとらえられます。

文字で考えるのでなく図や絵で考えた方が理解が進み記憶できます。

新聞記事は無駄言葉を削除して書いていますので「の」の後ろの単語に焦点を当て四角囲いします。

次に「は、が」の主語に線引きし「に、へ」の前の言葉に波線をいれると主旨や大意は掴めます。

これを早く頭のイメージだけでできると文章を読むスピードと理解は少なくとも現在の2倍以上になるはずです。文章を読むのが遅いとお悩みの方にはお勧めです。

6 .「中に」「検討する」「~の場合」→全体の一部を論じる為の前振りの言葉です。全体の中の一場面、一部です。又は逆の場面を論じる事で相互に解りやすくする効果を狙います。

「部分」を足せば「全体」になるとお考えでしょうが、部分の足し算は全体とイコールではなく、遥かに超えます。「部分」を足す事で「全体」以上の効果を得るられることが凄い所です。

三段論法の「演繹法」で部分の事実や分析を集めて「A+B」だから「C」ですと結論付けた内容に対して、主体となる主語の方針(=戦略、ストーリー、目的)を加える事で「部分」に方向性が生まれます。これが「全体」となります。

人間の体を想像して下さい。何兆個の細胞1つ1つが部分ですが、その人間は単に細胞の集合体だけではありませんね。集合体の内部に「目的」が加わると全く違う人間になります。

全体とは「部分の集合体」に「方針(目的、戦略、ストーリー)」が加わったものです。

7 .「方針」「発表」→ 全体を示しますが、これは本当の「全体」ではありません。これも主体が考える真の「全体」からすると「部分」という事になります。

新聞は「事実」の積み上げで評論、批判します。実は、新聞社はその新聞社の考え方の方針に基づいて「部分」である記事を積み上げ評価、批判し新聞社の「方針」に社会を誘導していきます。

新聞を読む多くの方々は知らず知らずに新聞社の「方針」に洗脳されていきます。但し、これはあらゆる組織体でも同じことが起こっています。

つまり「方針」を最終決断している社長又は大株主、最終決定権をもつ経営者、理事長が「全体」である「方針」を決めているわけですから、社員、部下達はその方針に基づいて教育、指導されます。

最近の組織体は、コンプライアンス遵守、法令順守がお呪いのように謳われますが、これは会社組織を評価する格付け会社の「方針」に基づかれ、更に言えばその格付け会社を経営する大株主の「リスク回避方針」に基づいているはずです。

8 .「つまり」「いわゆる」→ 1つの結論であったり、論じてきた内容の焦点です。この結論は単純に考えれば筆者の「結論」です。

但し世間は、一筋縄ではい行かないので「結論」をそのまま信じると「詐欺」事件に巻き込まれます。「論理的」結論が素晴らしいのではなく「自らの考える力」を養成する事が絶対的に必要です。

その「考える力」を強化する1つの道具が「論理的思考」だという事になります。

つまり「目的、方針」が社会的に正しいことである範囲での「論理的思考」は非常に有効ですが「利益至上主義」が個人、会社、組織の「目的」になり始めた段階からは「論理的思考」が本来の有効な手段でなくなるという事です。

但し、この「結論」は本物ですよ。

9 .「留まる」「膠着」「から」「止まる」→時間軸は「人、物、金、時、情報」の5大資本の中の重要な軸です。時間軸とは「いつまでに『何を』をするか」の交点です。縦軸に「何を」するかの項目、横軸に「時間、予定」のマトリックス(行列)になります。

その全体の流れが時間軸です。つまり、「留まる」「膠着」「から」「止まる」などは時間軸が一旦そこで中断されるという意味ですので、その中断原因が重要となります。

その原因が不明確な場合には、どの様な追求の方法があるかが求められます。また明確な場合には、その原因の背景が調査され報告書が作成されます。

10 .「重なる」→ 問題発生の可能性が更にある事を示しています。重なるという場合は、原因追求の途上である場合も考えらえますが、多くの場合何も対策が成されていない場合が圧倒的に占めます。

2度目に初めて強く批判されるのは、「多くの場合、初回発生のあと何もされていない」という暗黙の認知があるからだと思います。皆さんも自分の事で考えて頂けば納得されるのではないでしょうか。

簡単な例でいけば、「電車に乗りおくれて会議に遅刻」した場合はいかがでしょう。1度目はなんなく許されてしまう事で2度と遅刻しない為の対策考えない、又は忘れてしまう方が多くないでしょうか。

この感覚が前提にあり2度目は「批判の対象」となります。「2度ある事は3度ある」という標語になるくらい3度目は「悪」です。又は3度する人には「駄目レッテル」を張り注意人物、監視組織として別管理していく事が定番です。

11 .「を」→ 目的です。読み方としては「全体」として何故、何の為にその「目的」が必要かの原因を考える所がポイントです。

上述の「3度する人には『駄目レッテル』を張り注意人物、監視組織にして別管理していく事が定番です。」で説明すれば「『駄目レッテル』を張る」事が目的です。

この場合、誰が張るかと言えば、筆者であり新聞社です。それでは何のために『駄目レッテル』を張るかと言えば、主体たる新聞社の「主張」や企業なら「経営方針」に沿っていないからと言うことになります。

但し、「目的」の原因を書いていない場合は、筆者(新聞の場合は新聞社方針)の主張だと考えます。読者を洗脳する目的の場合もありますので注意が必要ですね。

「の」の後ろの単語は記事の注目点であり、「を」の前の言葉は全体の目的の原因を意識しながら、「に・へ」が「部分」に方向性を加えて「全体」に格上げしていくというイメージで読んで行けば読み方としてOKです。

12 .「で」→ 手段と状況を表します。手段の場合には「AでBをする」となり、状況説明の場合には「CでDとなっていいる」となります。

つまりBが目的の場合はAはBの手段を表し、Dとなっている場合は、Cはその状況の前提条件を表します。

「新聞で注目すべき12の言葉」は、新聞の読み方を12種類に分解し説明する事で新聞にある「論理的記述方法」をマスターし「考える力をつける」という筆者の主張や目的を表しています。